「いいね」をつけない——社内の声に、賛否ではなく「自分も同じ」を集める
2026年9月13日 · Furatto運営
社内の声を集める画面に「いいね」ボタンを置くと、一見にぎやかになります。でも、賛否を数で競わせ始めた瞬間に、集める意味が少しずつ変わってしまう。Furattoが「いいね」ではなく「共感票」を採用した理由と、得票数をそのまま優先順位にしないと決めた理由の話をします。
「いいね」は、多数派を強くする
いいねの数は、分かりやすい指標です。多くつけば良い意見、少なければそうでない——と、つい読んでしまいます。
ですが社内の声において、この読み方は危うい。得票数で並べ替えれば、多数派の関心事が上位を独占します。少数の部署にしか関係しない切実な問題や、まだ共感が広がっていない早い段階の気づきは、下に沈みます。
そして人は、票が伸びている投稿に票を足しがちです。多いものはさらに多く、静かなものはさらに静かに。いいねは、声の偏りを増幅する装置になりえます。
賛成/反対を競わせたいわけではない
そもそも、社内の声収集でやりたいのは「どの意見が人気か」の投票ではありません。「こういう状況がある」を可視化することです。
ある投稿に反対ボタンが並ぶ様子を想像すると分かりやすい。賛否を競わせると、声を上げること自体のハードルが上がります。反対されるかもしれない場所に、人は本音を置きません。
「自分も同じだ」を集める
Furattoの共感票は、優劣の評価ではなく「自分も同じ状況だ」という意思表示として設計しています。
- 賛否を競わせません。反対票のような仕組みは持ちません
- 共感票は「同じ思いの人がここにもいる」を静かに可視化します
- 得票数を、そのまま対応の優先順位にはしません。票が少なくても重要な声はあるからです
共感が集まることには、別の効き目もあります。匿名で声を上げた人が「同じことを感じている人がいる」と知れる。孤立感が減ることは、それ自体に価値があります。
リアクションで「見たよ」を返す
共感票とは別に、絵文字のリアクションも用意しています。こちらはもっと軽い「見たよ」「ありがとう」を返すためのものです。
声を上げた人にとって、何の反応もないのは「言っても無駄だった」という印象につながります。重い賛否ではなく、軽く反応を返せる手段があることが、次の投稿を後押しします。
正直な注意点
共感票を優先順位にしない、と決めても、数字が目に入れば人はそれに引きずられます。「票が多いから対応する」という運用に流れると、結局いいねと同じことになります。
票はあくまで参考のひとつ。票の少ない声にも意図的に目を向ける——その姿勢は、道具ではなく運用する側が持つ必要があります。共感票は状況を映す鏡であって、意思決定の代わりではありません。